腹囲、血圧、血糖値、コレステロール値のうち、腹囲、血圧といったメタボ健診の検査基準について紹介しています。
メタボ健診、という言葉をご存知でしょうか。
メタボ健診とは、2008年4月実施の特定健康診査および特定保険指導の事です。
主にメタボリックシンドロームや生活習慣病といった、あまり積極的に治療しようとしない病気に対して健診を行い、改善する為の指導を行うというものです。
メタボ健診は、企業の健康保険組合、国民健康保険を運営する市区町村などといったところで採用が義務付けられており、40歳〜74歳の健康保険加入者は必ず受ける必要があります。
検査項目は血糖値、コレステロール値、腹囲、血圧で、これらそれぞれに設けられた基準値を上回った場合に指導が与えられます。
つまり、メタボ健診とはこれまでの健康診断をさらに一歩踏み込んだ形の健診ということです。
ここ十数年の日本は、食事の欧米化や運動不足の若者が目に見えて増えて来ており、肥満体質、あるいは隠れ肥満の人が急激に増えてきました。
肥満は健康とは対極にある状態であり、生活習慣病の元になると言われています。
それを軽度の状態で発見し、予防または治療するために、このような健診を義務化するという事ですね。
しかし、体型は個性であり、人それぞれなのだから、それに国が口を出すのはおかしいという人も少なくないようです。
実際、それはその通りだと思います。
生活習慣病対策とはいえ、個人の体型に関して国が管理するような状況は、まるで国民をロボットかなにかのように扱っているんじゃないかという意見もあり、それも一理あるかと思います。
とはいえ、誰かから注意されなければ、いつまで経っても体質改善を行えない人が多いのも事実なんです。
ある意味憎まれ役を国が買って出たようなものですね。
メタボ健診とは、様々な人達にとって体型とは何か、管理とは何か、健康とは何かを問いかけるものなのかもしれません。
メタボ健診で検査する項目は、腹囲、血圧、血糖値、コレステロール値です。
この中の腹囲に関しては、肥満の進行度について診断する為に測定します。
ひとつの基準として、女性の場合は90cm以上、男性の場合は85cm以上が指導の対象となる、とされています。
とはいえ、腹囲は必ずしも肥満を図るバロメーターになるとは限りません。
元々ガッチリした体型の人や、腹筋を鍛えている人は必然的に腹囲が大きくなるからです。
極端な話、身長が2mくらいある男性の場合は、腹囲が85cmでも全く太っているとはいえないでしょう。
逆に、身長が150cmくらいの人であれば、80cmでも太っていると言えます。
何より、基準値以下であってもそのお腹の中が脂肪ばかりなら、それは肥満という事になります。
いわゆる隠れ肥満ですね。
国によってもメタボリックシンドロームを定める基準値は異なるので、85cm、90cmというのが必ずしも肥満であるという証明にはなりません。
メタボ健診では、そういった細かい部分までの検査はできないようです。
実際、一人ひとりにそこまで突っ込んだ検査をしていたら時間が幾らあっても足りないので、一定の基準値を取り敢えず定めてみました、といったと事でしょう。
これは致し方ないことだと思われます。
ですので、仮にそういった項目で引っかかって指導を受けたとしても、それを恥だと思う必要は全くありません。
ちゃんと医師や保健士の方は把握しているので、メタボ健診の指導の際に説明を受けることになるでしょう。
メタボ健診で血圧を検査するのは、生活習慣病のひとつとして数えられている高血圧の診断を行うためです。
高血圧は動脈硬化を引き起こし、それが閉塞性動脈硬化、虚血性心疾患、心不全、腎障害、脳卒中などの合併症を引き起こす大変危険な状態なので、これを予防するという事は非常に大事なことです。
ただ、メタボ健診で行う血圧の測定の目的はそれだけではありません。
血圧はあらゆる病気のシグナルであり、生活の乱れを表す指標でもあります。
つまり、血圧によって、その人間の生活習慣が見えてくるという訳です。
メタボリックシンドロームや生活習慣病といった、非常に危険な病気を回避する上でも重要な検査ですが、そこまで至らなくても、生活習慣を改める必要がある人への警告を行うという意味合いもあるのです。
近年では、血圧は、薬局や公共機関などで簡単に測ることができます。
しかし、どの程度の数字だったら深刻なのか、どれくらいだったら大丈夫なのかというのは、ある程度個人差もあり、専門家でないと明確にはわかりません。
そういう意味では、メタボ健診で血圧を測れるのはプラスになると思われます。
メタボ健診による血圧測定では、上が130、下が85mmHg以上の場合は指導の対象となります。
血圧のコントロールは中々個人で行うのは難しいので、このような機会に専門家から指導を仰ぎ、体質と生活習慣の改善を行うきっかけを作れるというのは、非常に意義のあることではないでしょうか。